家猫とサボテン

家猫とサボテン

生きづらい人生ですがなんとなく生きていきます

香川うどん旅で思ったこと【争いの是非と表現の理解】

この1週間で卒論が軌道に乗り始めてきて、周りのゼミ仲間に追いついた感じ。

 

当初やりたかったテーマとは微妙にズレてきてるけど、それこそ人生みたいで楽しい。

 

というわけで、行き当たりばったりで何が起きるかわからない旅をした時の話をします。

 

 

香川うどん旅

 

ある日、大学の体育会の仲間と飲んでいる時に急にうどん旅に誘われました。

 

もともとみんなで旅してる面子だったっぽいのでそこに仲間に入れてもらった感じだったのかな?

正直なぜ呼ばれたか疑問に思ったけど、楽しそうだったから行くことにしました。

 

ほんとたまたまその飲み会に参加してただけで、たまたま車に空きがあったから乗せてもらったみたいな感じだったのでこれも時の運かなぁと。

 

旅の全貌とうどん20軒はしご

 

東京から香川まで車で行くということで、途中寄り道をしながら行ったので当然1日では行けません。

 

今回の旅はほぼ毎日車中泊で、そのあたりの話も相当面白いんですけど、今回は書きません。

僕だけの宝物にします。笑

 

2日目の夜から3日連続、ほぼうどんしか食べませんでした。笑

なんと3日で合計20軒!!

 

2日目の夜は1杯しか食べてないので、2日間(3日目と4日目)で19杯ってどうやって達成したんだ?と今思っても謎ですが、とにかく20軒食べ切りました!

 

結論としては、全部美味かったです!微妙なうどんは一杯もありませんでした!

(途中で食べたバター醤油うどんみたいなやつだけランキング選外。不味くはない)

 

帰りは姫路城付近で車中泊して、夜のライトアップされている姫路城と昼間の天守閣からの風景をどっちも見られてよかったです〜。

 

一番を決めるべきか?

 

話は変わりますが、僕自身ずっと競技スポーツをやってきたし、学校の勉強でも負けず嫌いでした。

 

負けず嫌いっていうのは一番にならない限りは満足しない呪いみたいなもので、でも当然一番になるのは簡単ではなくて、僕も今の今までとらわれ続けています。

 

では、一番になることに意味はあるのか。

 

当然あります。

それは成長の証だから。

 

じゃあ、一番を決めることに意味はあるのか。

 

僕はないと思う。

 

すごく主観的でわがままな意見だとは思うけれど。

なぜなら僕自身、誰かが一番を決めようとしてくれたからこそ、ずっと負けず嫌いでいられたから。

 

争いがなければ競争は生まれないし、競争が生まれないと切磋琢磨されない。

 

だけどもし僕のわがままを通させてもらえるとしたら、世の中から争いが少なくなってほしい。

それは戦争みたいな大きなものから彼氏彼女の痴話喧嘩まで。

 

相手の言うことを受け止めて、理解して、焦らず認め合って、そうすればお互い分かり合えるはずなのに、そうならない。

 

なぜなら争いがあるから。

 

争いがなければ、きっと世の中は弱くなって綻んでいく。

でも、それでいい。

それが本来あるべき姿なんじゃない?

 

誰かを喜ばせるためだけに、自らを鍛えて、極めて、強くなる。

そして最果てで静かに朽ちていく。

 

その過程で傷つく人が1人もいなくて、多くの人が喜んでくれたらそんなにいいことはないよなぁ。

 

などと、いろんなお店のうどんを食べ比べていて、思いました。

みんな違ってみんないいんだよ。

 

価値観の相違

 

争いの話にもつながるけど、人の価値観はそれぞれ違う。

 

車で移動の時、僕がDJ(選曲するだけ)をやらせてもらいました。

 

僕は何事も流行っているものが苦手で、良いものだとわかっていてもついつい敬遠しがちです。(Official髭男dismとか)

 

だからみんながあんまり知らない曲とか、一般的に美しく思われていない曲とかばかりを聞いていることが多いです。

 

今回のDJタイムでは、ドライブ用にあらかじめプレイリストを作って流す音楽を決めていました。

 

その中には、一般受けのいいもの(YUIとか)もある程度入れてありますが、意図的にみんなが知らなさそうな曲も入れてました。

 

みんながどういう反応するのか見てみたかったし、こういう日陰者みたいな音楽に偏見を持たずに接してもらいたかったからです。

 

ここ数年で、音楽のあり方は変わりました。

 

YouTubeに載せたPVが1000万再生を超えて有名になったり。

アニメ作品が爆発的にヒットして主題歌がMステに出たり。

 

でもその基礎を作ってきた人たちはいつだって偏見の目に苦しんできたのです。

 

『オタクが好きな音楽なんて聞きたくない』

『所詮は機械の声でしょ、心がこもってない』

『アニソンなんか好きなの?』

 

国民的歌手として紅白に出るような人が数年前まで動画投稿サイトでボーカロイド楽曲を投稿していたことを知っていますか?

 

有線で流れてくるアニソンが思わず耳に残ったことはありませんか?

 

こんなふうに日の目を見てこなかった音楽たちが、今は脚光を浴びられる。

 

そんな素晴らしい時代が来たんだなぁと思いました。

 

僕が車でアニソンを流しても、ボーカロイドを流しても、酷いことは言われなかった。

鏡音リンの声なのに「これって初音ミク?」って言われたことくらい。

 

単純に知識不足で間違ったことを言ってしまうのは仕方ないし、無理やり興味を持って欲しいわけでもないので、今はこれでいいのだと思います。

 

でもやっぱり最近の表現規制についての話題も然り、まだまだ受け入れられない部分もあります。

オタクとフェミニズムという二項対立に考えたくはないですが、オタク側(表現側)も色々と考えなくちゃいけない時代になったのかなとも思っています。

 

何事も協調が大切だし、時間をかけて少しずつわかり合っていければ、音楽のようにいつか認められる日が来るのだと思います。

 

最後は旅とも関係なく長々と要領を得ない文章でごめんなさい。。

 

 

おわり